"欧米:「ミスしました!」→「原因が解ってるなら防止策を、解らないなら調べよう、責任はお前に無い、失敗は起こるものだから防止策を考えよう」 この差 " |
| ~ Twitter / archiene (via gearmann) (yuasaから) |
"若い読者へのアドバイス… (これは、ずっと自分自身に言いきかせているアドバイスでもある) 人の生き方はその人の心の傾注(アテンション)がいかに形成され、また歪められてきたかの軌跡です。注意力(アテンション)の形成は教育の、また文化そのもののまごうかたなきあらわれです。人はつねに成長します。注意力を増大させ高めるものは、人が異質なものごとに対して示す礼節です。新しい刺激を受けとめること、挑戦を受けることに一生懸命になってください。 検閲を警戒すること。しかし忘れないこと——社会においても個々人の生活においてももっとも強力で深層にひそむ検閲は、自己検閲です。 本をたくさん読んでください。本には何か大きなもの、歓喜を呼び起こすもの、あるいは自分を深めてくれるものが詰まっています。その期待を持続すること。二度読む価値のない本は、読む価値はありません(ちなみに、これは映画についても言えることです)。 言語のスラム街に沈み込まないよう気をつけること。 言葉が指し示す具体的な、生きられた現実を想像するよう努力してください。たとえば、「戦争」というような言葉。 自分自身について、あるいは自分が欲すること、必要とすること、失望していることについて考えるのは、なるべくしないこと。自分についてはまったく、または、少なくとももてる時間のうち半分は、考えないこと。 動き回ってください。旅をすること。しばらくのあいだ、よその国に住むこと。けっして旅することをやめないこと。もしはるか遠くまで行くことができないなら、その場合は、自分自身を脱却できる場所により深く入り込んでいくこと。時間は消えていくものだとしても、場所はいつでもそこにあります。場所が時間の埋めあわせをしてくれます。たとえば、庭は、過去はもはや重荷ではないという感情を呼び覚ましてくれます。 この社会では商業が支配的な活動に、金儲けが支配的な基礎になっています。商業に対抗する、あるいは商業を意に介さない思想と実践的な行動のための場所を維持するようにしてください。みずから欲するなら、私たちひとりひとりは、小さなかたちではあれ、この社会の浅薄で心が欠如したものごとに対して拮抗する力になることができます。 暴力を嫌悪すること。国家の虚飾と自己愛を嫌悪すること。 少なくとも一日一回は、もし自分が、旅券を持たず、冷蔵庫と電話のある住居をもたないでこの地球上に生き、飛行機に一度も乗ったことのない、膨大で圧倒的な数の人々の一員だったら、と想像してみてください。 自国の政府のあらゆる主張にきわめて懐疑的であるべきです。ほかの諸国の政府に対しても、同じように懐疑的であること。 恐れないことは難しいことです。ならば、いまよりは恐れを軽減すること。 自分の感情を押し殺すためでないかぎりは、おおいに笑うのは良いことです。 他者に庇護されたり、見下されたりする、そういう関係を許してはなりません——女性の場合は、いまも今後も一生をつうじてそういうことがあり得ます。屈辱をはねのけること。卑劣な男は叱りつけてやりなさい。 傾注すること。注意を向ける、それがすべての核心です。眼前にあることをできるかぎり自分のなかに取り込むこと。そして、自分に課された何らかの義務のしんどさに負け、みずからの生を狭めてはなりません。 傾注は生命力です。それはあなたと他者とをつなぐものです。それはあなたを生き生きとさせます。いつまでも生き生きとしていてください。 良心の領界を守ってください……。 2004年2月 スーザン・ソンタグ 『良心の領界』 スーザン ソンタグ (著)、木幡 和枝 (翻訳) (NTT出版) 高橋源一郎の明治大学大学院における「言語表現法」講義の書籍化。全13回の授業が学生とのやりとりを含めて収録されている。とてつもない名講義。言葉で語らず、インタラクションで考えさせるという高度な教授法を、毎回繰り出す。 初日、スーザン・ソンタグの「若い読者へのアドバイス」という名文が配られる。死期が近いことを悟った思想家が若者に向けて「心の傾注」という言葉をキーワードに真摯な忠告を短い手紙のように書きつづったものだが、「読み終わったら、その紙から目を上げ、窓の外を眺めてみてください。なんて美しい風景でしょう。このキャンパスのいいところは、こういうものが見られることです。すぐ横に、そんなに美しいものがあるのに、活字ばかり追いかけてはいけません。読んだものは忘れて、見ることに、傾注してください。」と先生。 オバマ大統領の演説、斉藤茂吉のラブレター、しょこたんのブログなど、古今東西の名文を取り上げて読ませる。私は毎回それだけで感動してしまった。読ませた後、その解説講義が始まるのかなと思っていると、この授業では大抵はそうではない。何が大切なのかを考えさせる対話が始まる。考えることが、書くべきことを生みだすのだ。 よく出される宿題もユニークだ。カフカの『変身』と日本国憲法前文を読ませた後に、『変身』の国に憲法があったらどういうものか、次回にみんな書いてこい、と異界の憲法前文を書かせる。一般に詩として認められていないが、あなたが詩だと思うものを集めてきなさいという出題には意外な傑作が日常の中から採取されて集められる。 そして1日だけ休講がある。この日、著者は深刻な人生の困難に見舞われるのだが、それさえも授業の題材として、その次の回で題材に取り上げる。教授と学生の間のライヴな緊張感が伝わってくる。学生から引き出される言葉にも、「本当に君、ただの学生?」と問いたくなるような、名文が飛び出してきたりして、驚きだ。結局、自己や他者との真剣でライヴな対話からこそ、名文も生まれてくるのだと、この授業自体が教えている。 この大学の学生がうらやましい。 |
| ~ 『良心の領界』 序 「若い読者へのアドバイス」 - twwp (via kml) 2010-07-20 (via gkojay) (via bo-rude) (via kml) (via ukar) (via motomocomo) (via nashiko) (via kiri2) (via clione) (via kotoripiyopiyo) (via nashiko) (via iwa4649-blog, iwa4649-blog) (via gkojax-text, gkojax-text) (via edieelee, edieelee) (via yuasa, yuasa) |
"グラフィックの関係の仕事で「レイアウト組むだけなら僕でも出来ますよ、お金取るんですか!?」とか言っちゃう人は声優に「台詞言うだけなら僕でも出来ますよ、お金取るんですか!?」歌手に「歌うのは僕でも出来ますよ、お金取るんですか!?」とか言うんだろうか?" |
| ~ Twitter / HiyoriDAkishino: グラフィックの関係の仕事で「レイアウト組むだけなら僕 … (via wideangle) (yuasaから) |
"明治から大正、昭和のはじめにかけて、モラエスというポルトガルの作家が徳島に住んでいました。彼は日本人は歌ばかり歌っているというんですね。大工はトンカチを叩きながら歌う。お母さんは洗濯をしながら歌う。行商人は歌を歌いながらやってくる。子ども達は学校の行き帰り、歌を歌っている。こんなに歌ばかりを歌っている国民はいないとびっくりしている。" |
| ~ hisamichiのバインダー - メディアマーカー (via kazukij) (yuasaから) |
"それまでは昔、パン職人だった方が夜中の2時に「パンを焼き始めないと朝に間に合わない!」などと言いだすと、一生懸命「あなたはもうパン屋じゃないんですよ、ここは老人ホームなんですよ」などと説明して懸命に止めたそうですが、今ではキッチンに連れていき、好きにさせるそうです。すると5分もしないうちになんでキッチンにいるのかも忘れてしまい、すんなりとベットに戻せるそうです。 |
| ~ バス停のある認知症の介護施設 | まつひろのガレージライフ (via mcafee-x6) 正しい寄り添いかた。 (via mosaku) shinoddddd reblogged shachiko777: (via tataraseitetsu) (yuasaから) |
"それまでは昔、パン職人だった方が夜中の2時に「パンを焼き始めないと朝に間に合わない!」などと言いだすと、一生懸命「あなたはもうパン屋じゃないんですよ、ここは老人ホームなんですよ」などと説明して懸命に止めたそうですが、今ではキッチンに連れていき、好きにさせるそうです。すると5分もしないうちになんでキッチンにいるのかも忘れてしまい、すんなりとベットに戻せるそうです。 |
| ~ バス停のある認知症の介護施設 | まつひろのガレージライフ (via mcafee-x6) 正しい寄り添いかた。 (via mosaku) shinoddddd reblogged shachiko777: (via tataraseitetsu) (yuasaから) |
私の腕時計を見て、「素敵ね、わたし時計はわからないんだけど、きっといいものね?バウハウス……ドイツね?」と言った人があって、これが教養か。と思いました。
物の価値を見て取り、様式を特定し、文化圏を推定、相手の趣味を理解すると同時に説明を引き出して知らなかった領域を楽しむヒントを得る、という光景。体系づけられた知識、学習する態度、楽しむ姿勢、どれが欠けても教養として成立しない。
私は小説が好きだけど、文学を勉強したことがない。美術もそうだ。教養あんまりない。開拓の余地がある。旅先の風景を楽しむために建築を勉強したり、アウトドアを楽しむために動植物やエコロジーを学ぶのもいいなー。
「教養とは一人で暇をつぶせる技術である」という名台詞を吐いたのは中島らもですが、精神が暇になったら体系的な学習やアウトプットの鍛錬をして暇をつぶせる技術を増やしたい。生きていれば既知の事象が増えて、どうしたって飽きはくるから。
精神が暇になってインスタントな快を求めると薬物乱用や他者を振り回す方向に行くのでよくない。らもさんは賢すぎて精神が暇になったからアルコール依存症になってしまったのではないか。その方向は他人がさみしくなるからよくない。
精神が暇になったら「私の器が広がりそのぶんの教養が不足した、よし狩りに行こう」と考えたい。教養は狩猟採集の対象という気がする。刃を研ぐもよし、釣竿を持つもよし、背負い籠ひとつで森に分け入るもよし。
(yuasaから)
"残業代抑えたいから裁量労働制だけど、時間は押さえたいから、出退勤管理して査定に影響するねってやってる企業が山のようにあるのに裁量労働なんて拡大したらメチャクチャになるの丸わかりじゃん。時間以外で管理と評価できないくせに裁量労働なんて言うなに尽きるかな。 |
| ~ 岩崎啓眞@スマホゲーム屋さんのツイート: “「日本は労務範囲と内容を決めて、こなした質で評価することが出来ない。評価できるのは時間だけ。だから時給でしか考えられない」。それを覆せるような環境はごく一部にしかない。だから裁量労働なんて出来るわけないし、止めるべきってのが、僕の結論。あーこういうの読むと腹立つ。” (via sryuuki) (yuasaから) |
“長女宿題しない→夜眠くなって泣きながら宿題する→「ほら!だから帰ったらすぐやりなさいって…!」みたいな攻防を続け、お互い宿題に関して辛くなってきた所で夫に任せる事にしました。→ 夫は「宿題いつにする?」とだけ聞いて、「後で!」と長女が答えると「後でやるんだね。自分で決められて偉いね」と褒め、寝る前にできていなくて泣き出したら「ちゃんとやろうとして偉いね、できる範囲で頑張ろうね」と言い、最後までできたら「すごいね、スッキリしたね」と辛抱強く付き合いました→ 半年ぐらいそれが続いて、2階で下の子を寝かしつけていると長女の泣き声が良く聞こえてきてきました。夫に状況を聞くと、「長女ちゃん、頑張ってるよ」といつも言っていました。 数カ月それが続き、突然長女が学校から帰るとすぐに宿題をやって明日の支度をするようになりました。→ 「宿題と明日の支度が終わっていると、その後ずっとスッキリと過ごせるって気がついた」と言って、その日からは毎日帰宅後すぐに宿題やってますね。 夫は私に対しても「そのやり方駄目だよ」等の言い方をせず、「長女の宿題は全部僕がみるよ、大丈夫だよ。」と担当を変わってくれました。 夫にこの時の話を聞くと、「本人が先に宿題を終わらせる事のメリットを自分で気づかせるのが大事だと思った。一度気づいたから、もう後は大丈夫だよ。次女と末っ子は長女の姿を見て真似するよ。もう後は親がやる事あまり無いよ」と言っていました。 「もし、子どもが『宿題をサボって先生に怒られてもいいや』って考えるようになったらどうする?」と聞くと、「その時は勉強楽しいなあって事を親が子どもに見せるしかないなあ。基本的に親が子どもにできる事は、親が良いなと思っている事を子どもの目の前でやって見せるぐらいだと思ってる。」”— Twitter / @ajitukenorikiti (via hkakktakka)
(yuasaから)
"よく『税金で飯食ってるくせに』とかいう人おるけど。。企業に労力を提供してる人は企業から給料をもらってて、税金で飯食ってる人は公共の事業に労力を提供してるわけだから、財源が税金だからと言って『税金で飯食ってるくせに』とか言われる筋合いはないよな。。" |
| ~ 武井壮さんはTwitterを使っています (via irregular-expression) (yuasaから) |
"生活が退廃的になったらやるべき事 1.部屋の大掃除 コレやるとリセット出来る " |
| ~ 隠遁てゃんさんのツイート: “生活が退廃的になったらやるべき事 1.部屋の大掃除 2.財布のレシート整理 3.きない服を断捨離 4.無駄な飲み会の誘いを全部断る 5.半身浴しながらリンパマッサージ 6.好きな音楽をかけながら料理 7.夕方近くを散歩 8.前から欲しかったモノを買う コレやるとリセット出来る” (via pan-no-mimi) (yuasaから) |
"8年前、レスリングで優勝した吉田沙保里さんが小学校六年生のときに書いた「二十年後の自分」というのがスポーツ報知(2004.8.25)に載っていた。あまりにいい作文で、そのとき思わず書き取っておいたのだけれど、いま読んでもすばらしかったので、ここにあらためて書き留めておきます。 二十年後の自分 私は、今スーパーで、レジをしている。いろいろなお客さんがくる。私の、しっている、お客さんもきたことがある。私が、お客さんに話しかけると、あんた今、レジしてるんだーという。 |
| ~ 吉田沙保里さんの「二十年後の自分」 » Fishing on the beach (via tknr) (yuasaから) |